牧師のコラム「ボクシ・ボイス」

毎週日曜日に教会でお配りしている「週報」に、横田牧師が載せているコラム「ボクシボイス」をご紹介します。

最新の3記事をご覧いただけます。

ボクシ・ボイス

No.101 9月24日
使徒27章、使徒パウロが囚人としてローマに護送されている途中、ユーラクロンという暴風に出くわし船が難破しかけた時のことです。「太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。だれも長いこと食事をとらなかったが、そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った。 「皆さん。あなたがたは私の忠告を聞き入れて、クレテを出発しなかったら、こんな危害や損失をこうむらなくて済んだのです。しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。」(20-22) 航海についてド素人のパウロが、専門家の船主も水夫も皆が絶望している時に、尚、「元気を出しなさい」と言っていることが心に留まります。私たちは「この世に仕えていくキリスト者」ですが、これほど強力な「仕え方」はありません。他の人より余計に犠牲を払ったとか奉仕したとか、そんな小さなことではありません。皆が、もう何の望みもなくした時に、尚、望みある言葉を語ったのです。しかし、これこそ、私たちキリスト者に与えられている今日の証ではないでしょうか。本当に希望がない、だから目先の事だけで一生懸命になっている、そういう時こそパウロが言ったような言葉が語れなければなりません。なぜ、パウロはそうあれたのでしょう。23-25節がその答えです。 「昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あんたたにお与えになったのです。』ですから、皆さん。元気を出しなさい。」  パウロは、主のおことばを「聞いた」から語れました。10/7日(土)8日(日)の「霊修会」は「聞く集会」です。奮ってご参加ください。私たちは、主のみことばを聞いて「この世に仕えていくキリスト者」でありましょう。
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No.100 9月17日
来る10月7日(土)8日(日)は「霊修会」です。霊修会とは「聞く集会」です。ペテロとヨハネは、彼らを脅してくる有力者たちを前にしてこう言いました。 「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」(使徒4:19,20) なんと確信に満ちた姿でしょう。彼らに「世的な力」はありませんでしたが「神の力」がありました。なぜでしょう。それは、権威ある者からのことばを聞いていたからです。神のことばを聞いたなら、私たちはどんな力に対してもそれに向かって行くことができるのです。「霊修会」とはそのような集会です。 先日私は早天祈祷会にて、今回の霊修会に向かうところの神の語りかけを聞きました。Ⅱ歴代誌32:1-8、アッシリヤの王セナケリブがユダ王国に攻めて来ました。するとヒゼキヤ王は、それをしっかりと見て、つかさや勇士たちと相談し、「アッシリヤの王たちに、攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてたまるものか。」と、城壁を建て直し、武具を備えました。そしてヒゼキヤと民は神のことばによって奮い立ちました。いつの時代も攻撃はあるものです。今の時代の教会への攻撃とはどのようなものでしょう。私たちは、ヒゼキヤのようにそれを「しっかり見る」必要があります。そしてともに城壁を築き、武具を身に着け、神のことばに奮い立ちたいと願います。いよいよ新会堂建築が着工し、約一年間会堂のない「仮住まい」が始まります。その前に、私たちは「霊修会」で備えてまいりましょう。私たちNGCの2017年度テーマは「新会堂建築をとおして、私たちキリストのからだも建て上げられる」です。
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No.99 9月10日
来る10月7日(土)8日(日)は「霊修会」です。霊修会とは「聞く集会」です。ペテロとヨハネは、彼らを脅してくる有力者たちを前にしてこう言いました。 「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」(使徒4:19,20) なんと確信に満ちた姿でしょう。彼らに「世的な力」はありませんでしたが「神の力」がありました。なぜでしょう。それは、権威ある者からのことばを聞いていたからです。神のことばを聞いたなら、私たちはどんな力に対してもそれに向かって行くことができるのです。「霊修会」とはそのような集会です。 先日私は早天祈祷会にて、今回の霊修会に向かうところの神の語りかけを聞きました。Ⅱ歴代誌32:1-8、アッシリヤの王セナケリブがユダ王国に攻めて来ました。するとヒゼキヤ王は、それをしっかりと見て、つかさや勇士たちと相談し、「アッシリヤの王たちに、攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてたまるものか。」と、城壁を建て直し、武具を備えました。そしてヒゼキヤと民は神のことばによって奮い立ちました。いつの時代も攻撃はあるものです。今の時代の教会への攻撃とはどのようなものでしょう。私たちは、ヒゼキヤのようにそれを「しっかり見る」必要があります。そしてともに城壁を築き、武具を身に着け、神のことばに奮い立ちたいと願います。いよいよ新会堂建築が着工し、約一年間会堂のない「仮住まい」が始まります。その前に、私たちは「霊修会」で備えてまいりましょう。私たちNGCの2017年度テーマは「新会堂建築をとおして、私たちキリストのからだも建て上げられる」です。
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ボクシ・ボイス

No.101 9月24日
使徒27章、使徒パウロが囚人としてローマに護送されている途中、ユーラクロンという暴風に出くわし船が難破しかけた時のことです。「太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。だれも長いこと食事をとらなかったが、そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った。 「皆さん。あなたがたは私の忠告を聞き入れて、クレテを出発しなかったら、こんな危害や損失をこうむらなくて済んだのです。しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。」(20-22) 航海についてド素人のパウロが、専門家の船主も水夫も皆が絶望している時に、尚、「元気を出しなさい」と言っていることが心に留まります。私たちは「この世に仕えていくキリスト者」ですが、これほど強力な「仕え方」はありません。他の人より余計に犠牲を払ったとか奉仕したとか、そんな小さなことではありません。皆が、もう何の望みもなくした時に、尚、望みある言葉を語ったのです。しかし、これこそ、私たちキリスト者に与えられている今日の証ではないでしょうか。本当に希望がない、だから目先の事だけで一生懸命になっている、そういう時こそパウロが言ったような言葉が語れなければなりません。なぜ、パウロはそうあれたのでしょう。23-25節がその答えです。 「昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あんたたにお与えになったのです。』ですから、皆さん。元気を出しなさい。」  パウロは、主のおことばを「聞いた」から語れました。10/7日(土)8日(日)の「霊修会」は「聞く集会」です。奮ってご参加ください。私たちは、主のみことばを聞いて「この世に仕えていくキリスト者」でありましょう。
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No.100 9月17日
来る10月7日(土)8日(日)は「霊修会」です。霊修会とは「聞く集会」です。ペテロとヨハネは、彼らを脅してくる有力者たちを前にしてこう言いました。 「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」(使徒4:19,20) なんと確信に満ちた姿でしょう。彼らに「世的な力」はありませんでしたが「神の力」がありました。なぜでしょう。それは、権威ある者からのことばを聞いていたからです。神のことばを聞いたなら、私たちはどんな力に対してもそれに向かって行くことができるのです。「霊修会」とはそのような集会です。 先日私は早天祈祷会にて、今回の霊修会に向かうところの神の語りかけを聞きました。Ⅱ歴代誌32:1-8、アッシリヤの王セナケリブがユダ王国に攻めて来ました。するとヒゼキヤ王は、それをしっかりと見て、つかさや勇士たちと相談し、「アッシリヤの王たちに、攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてたまるものか。」と、城壁を建て直し、武具を備えました。そしてヒゼキヤと民は神のことばによって奮い立ちました。いつの時代も攻撃はあるものです。今の時代の教会への攻撃とはどのようなものでしょう。私たちは、ヒゼキヤのようにそれを「しっかり見る」必要があります。そしてともに城壁を築き、武具を身に着け、神のことばに奮い立ちたいと願います。いよいよ新会堂建築が着工し、約一年間会堂のない「仮住まい」が始まります。その前に、私たちは「霊修会」で備えてまいりましょう。私たちNGCの2017年度テーマは「新会堂建築をとおして、私たちキリストのからだも建て上げられる」です。
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No.99 9月10日
来る10月7日(土)8日(日)は「霊修会」です。霊修会とは「聞く集会」です。ペテロとヨハネは、彼らを脅してくる有力者たちを前にしてこう言いました。 「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」(使徒4:19,20) なんと確信に満ちた姿でしょう。彼らに「世的な力」はありませんでしたが「神の力」がありました。なぜでしょう。それは、権威ある者からのことばを聞いていたからです。神のことばを聞いたなら、私たちはどんな力に対してもそれに向かって行くことができるのです。「霊修会」とはそのような集会です。 先日私は早天祈祷会にて、今回の霊修会に向かうところの神の語りかけを聞きました。Ⅱ歴代誌32:1-8、アッシリヤの王セナケリブがユダ王国に攻めて来ました。するとヒゼキヤ王は、それをしっかりと見て、つかさや勇士たちと相談し、「アッシリヤの王たちに、攻め入らせ、豊富な水を見つけさせてたまるものか。」と、城壁を建て直し、武具を備えました。そしてヒゼキヤと民は神のことばによって奮い立ちました。いつの時代も攻撃はあるものです。今の時代の教会への攻撃とはどのようなものでしょう。私たちは、ヒゼキヤのようにそれを「しっかり見る」必要があります。そしてともに城壁を築き、武具を身に着け、神のことばに奮い立ちたいと願います。いよいよ新会堂建築が着工し、約一年間会堂のない「仮住まい」が始まります。その前に、私たちは「霊修会」で備えてまいりましょう。私たちNGCの2017年度テーマは「新会堂建築をとおして、私たちキリストのからだも建て上げられる」です。
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牧師:横田義弥

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